ソウル発韓国非武装地帯とJSA板門店ツアー

ソウルから韓国軍事境界線(DMZ)と板門店 – 正式名称は共同警備地区(JSA) – を訪れ、北朝鮮と韓国を分断する悪しき国境線を肌で感じてみませんか? 専門ガイドが、朝鮮戦争から現在に至るDMZの役割と、交渉の場としてのJSAについて解説します。 自由の橋や第3南侵トンネルを訪問し、都羅展望台から北側の暮らしを眺めます。

主なポイント

朝にソウル市内のホテルから出発し、朝鮮戦争中に南北朝鮮を分断した韓国軍事境界線(DMZ)まで快適なバスで向かいます。 今や世界で最も警護厳重な国境地帯となったDMZには、歴史的な紛争の跡地や冷戦の最後の遺物があります。
臨津江に沿って自由の道を北上し(8フィート(2.4メートル)の有刺鉄線と軍事監視所で囲まれています)、臨津閣で停車して朝鮮戦争中に使用された大砲を見学します。 続いて自由の橋とその周辺を歩いて見て回ります。当時韓国軍の捕虜およそ13,000人がこの橋を渡って自由を取り戻しました。 
再びバスに乗り、第3南侵トンネルに向かいます。このトンネルは北朝鮮が軍事侵攻ルートとして計画したと考えられています。 現在では平和の記念碑的存在となったDMZ展示場には、写真や戦争の遺物が展示されています。 その後、都羅展望台を訪れ、望遠鏡で機井洞の村を眺めながらガイドの語る北側の人々の暮らしに耳を傾けます。 都羅山駅に立ち寄った後、統一村に向かい、この小さな農村の生活を見学します。 
ガイドと一緒に地元のレストランでランチをとったら、いよいよ次は板門店です。 DMZの中央に位置する板門店(旧称「停戦村」)は、1953年に停戦協定が調印された場所です。この協定によって朝鮮戦争は終結し、南北分断の歴史が始まりました。 JSAは北朝鮮と国連軍司令部(UNC)との交渉の場として設立され、現在では北朝鮮と韓国の外交的対話に使われています。
まず、いくつかの検問所を通過して参加者のIDを確認した後、キャンプ ボニファスに立ち寄ります。キャンプ ボニファスはDMZの南側440ヤード(402メートル)に位置する小さい基地で、米国と韓国の兵士がおよそ5,000人駐在しています。 バスから降りてバリンジャー ホール(Ballinger Hall)に向かいます。ここでスライド上映があり、JSAの重要性に関する歴史の説明とブリーフィングを受けます。 
次に自由の家を訪れます。これは屋上にガラス張りの屋根がある4階建ての建物で、南北の窓口の役割を果たしています。 会議室に移動し、自由の家が両国間の会談、事務、交流にどのように関わっているかについて話を聞きます。 
最後に訪れるのは「帰らざる橋」です。ここで1953年に最初の捕虜交換が行われました。 この橋は、捕虜となった兵士が捕らわれた国にとどまるか、あるいは祖国に戻るかという後戻りのできない選択を迫られたことから、こう呼ばれています。 その後、ガイドに従ってバリンジャー ホールに戻り、ソウルへの帰路につきます。